人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

「オレステイア三部作」のための、まとまらないまとめ「呪われた一族」──ギリシア悲劇を読む予習編

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 オレステイア三部作を、乱暴でおおざっぱに簡約してしまうと、このようなまとめになりかねない。第一部では、悪妻による不倫と夫殺し、第二部では、息子による母殺しという復讐、第三部では、母殺しという罪の赦し。しかし、ギリシア悲劇はギリシア神話から題材を得ており、オレステイア三部作という長編もまた、その一部を成している。アイスキュロスが想定したギリシアの観客は、神話を知っていたはずであり、われわれもまた、この三部作を読むためには、三部作の前日談をある程度は知っておく必要がある。

 オレステイア三部作が単なる「罪→復讐→赦し」という一回性の物語でなく、第一部から罪と呪いと復讐が一式となって繰り返されているというのは、ペロプスの子孫である呪われた一族を知れば納得いくだろうし、そのためには、ペロプスの父タンタロスから確認していくのがよいように思う。

 

タンタロスとペロプス

 タンタロスは人間だという。父母には諸説ある。諸説あってもどれも神々である。神の父と神の母をもつタンタロスが人間だったというのはどういう成り立ちだろうか。ともかく、タンタロスは人の身でありながらゼウスの友であった。アムブロシアーとネクタールを口にすることを許され、不死の体を得ていた。オリュンポスで神々とまざって飲み食いもしたというのだから、これはもうほぼ神ではないかと思うが、とにかくタンタロスは人であったというのだから、人で間違いない。

 このタンタロス王があるとき、自身の王城にオリュンポスの神々を招き、息子ペロプスの体を切り刻んで煮込んだシチューを神々に提供した。なぜそんなことをしたのかは定かでない。(ちなみにこのとき神々はすぐ異変に気づいたが、娘コレーを誘拐されて心ここにあらずのデーメーテールだけは、肩の肉を食ってしまったという)神々は怒って、そのをゆるさず、タンタロスをタルタロス(奈落)に落とした。タンタロスは沼につかっている。沼の水を飲もうと腰かがめると水は引き、頭上の果物をつかもうとすると、枝が風に舞いあげられて届かない。(仏教でいうところの餓鬼道と同様だ。餓鬼道では目の前の飯が、食おうとすると炎に包まれて燃えてしまったりする。しかし龍之介は『もし地獄に堕ちたとすれば、わたしは必ず咄嗟の間に餓鬼道の飯も掠め得るであらう』とうそぶいた。タンタロスは小説家ではないので、永遠に渇きと飢えに苦しんでいる)

ペロプスの復活後

 ゼウスはヘルメースに命じ、ペロプスの体を集めた。左肩はデーメーテールが食べていたので、彼女は代わりに象牙でそれをこしらえて与えた。たとえ神々といえども消化してしまったものは元には戻せないらしい。クロートーがばらばらの体を縫い合わせ、レアーが命をふきこむとペロプスは生き返ったという。ペロプスはすばらしい美少年だったので、色好みのポセイドーンが侍童とした。

 成人したペロプスはヒッポダメイアという女性に恋をするが、彼女はいわくつきの娘だった。父のオイノマオスが「婿に殺される」という預言を受けていたからである。オイノマオスは求婚者と戦車競走をして、負けた求婚者を次々に殺していた。

 ペロプスはポセイドーンから黄金の戦車と不死の天馬をさずかったが、勝利を確信できなかった。オイノマオスの馬は父アレースからさずかったプシュラとハルピンナという名馬の上、御者をヘルメースの子であるミュルティロスがつとめていたからである。

 ペロプスはミュルティロスを抱き込むことにした。自分に協力すれば「王国の半分とヒッポダメイアとの初夜の権利を与える」と約束し、戦車に仕掛けをさせた。競走中、オイノマオスは崩れる戦車から飛び出し、巻き込まれて死んだ。死の直前に御者の裏切りに気付き、ミュルティロスを呪った

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呪いの連鎖

  ペロプスは約束を果たすのが惜しくなり、天馬の戦車がかける上空からミュルティロスを突き落とした。ミュルティロスは海に飲まれて死ぬ寸前、ペロプスとその一族に呪いをかけた

 ペロプスはヒッポダメイアとのあいだに、アトレウステュエステース、ピッテウス、アステュダメイア、リューシディケー、ニーキッペーというたくさんの子をもうけた。また別にクリューシッポスをもうけた。

 ペロプスはミュルティロスを殺したあとにヘーパイストスによって罪を清められたが、ペロプス(したがってタンタロス)の子孫は不幸な運命にみまわれる者が多く「呪われた一族」といわれるという。ヘルメースの神殿を建てようが、ミュルティロスの記念碑を建てようが、呪いには効果がなかったようである。戦って勝てないアルカディア王ステュムパーロスを和睦の宴席と欺して殺し、切り刻んで土に蒔くというような残忍なことをしてギリシア全土に旱魃と飢饉をもたらしたというから、呪いが解けなくて当然かもしれない。

 

アトレウスとテュエステース

 しかし、ペロプスの一族すべてを追ってはいられない。オレステイア三部作に関係するのは、アトレウステュエステース兄弟である。

 母ヒッポダメイアは、庶子つまり自分の子ではないクリューシッポスが王位につくことをおそれ、アトレウスとテュエステースをつかって殺そうとする。兄弟が殺したのか、それともラーイオスに救われたか(が結局ラーイオスはクリューシッポスを誘拐し強姦する)は分からないが、とにかくヒッポダメイアは追放され、母子三人はミュケーナイ王の庇護のもとミデアにいたり、兄弟はミデアを支配する。

 父ペロプス王の呪いをうけたともいわれる兄弟は、ミュケーナイの王位をめぐって争うことになる。「ペロプスの子を王にすべし」という神託があったからである。

 テュエステースは、アトレウスの妻アーエロペーと姦通、寝取って我が方へ引き入れ、アトレウス秘蔵の金羊毛を盗ませた上で、金羊毛の持ち主が王となるべきと主張し、アトレウスが同意すると金羊毛を示した。ただし、この企みはゼウスの介入によって挫ける。ゼウスは太陽が逆行したならばアトレウスを王にするとテュエステースに認めさせ、太陽はその通り逆行してアトレウスが王になったのである。

 しかし妻を寝取られたアトレウスの恨みは王になっただけでは収まらず、和睦を持ち出して追放したテュエステースを呼び出し、テュエステースの子供たちを殺し切り刻んで、父親に食わせた

 テュエステースは復讐のため神託を求め「自分の娘との間に子を成せ」とさずかる。父は顔を隠して娘ペロピアを強姦した。この時の子がアイギストスなのである。ペロピアはまた密かにテュエステースの剣を拾って隠していた。

 その頃、ミュケーナイは飢饉におそわれていた。「テュエステースを呼び戻せ」という神託を受けたアトレウスは、捜索の途中で、あろうことか姪のペロピアを見初め、妻としてしまう。ペロピアは生まれたアイギストスを捨てるが、アトレウスが息子として育てる。

 テュエステースを見つけるのは、アトレウスの子、アガメムノーンとメネラーオスである。テュエステースは投獄され、アイギストスに殺害が命じられる。アイギストスは母ペロピアから例の剣をゆずりうけ、使命を果たそうとするが、そのために真実が暴露される。ペロピアは父に犯され、わが子が弟でもあったと知って自害する。アイギストスは逆に伯父のアトレウスを殺し、父テュエステースを王に復位させる。

 アガメムノーンは弟メネラーオスと共に逃げのび、のちにスパルタ王テュンダレオース(娘にクリュタイムネーストラー)の力を借りて、テュエステースを追放した。

 「オレステイア」の中では単なる間男として登場し、殺されるだけのアイギストスだが、アガメムノーンとの間にこれだけの遺恨がある。

 

アガメムノーンとクリュタイムネーストラー

 クリュタイムネーストラーは初婚でなくて、アガメムノーンは二番目の夫だという。だからアイギストスは三番目の夫だ。wikipedia大先生に書いてあるのだ!

 ただこのこと、どうも出典が定かでないように思い、英語版のwikiを見ると、そういう風にエウリーピデースが言ったと書いてある。で、『アウリスのイーピゲネイア』に該当箇所を見つけた。人文書院『ギリシア悲劇全集』第四巻(最終巻)の最後を飾る作品である。いつになったらこれの感想文を書けるのかと思うと茫洋とする。

 私がいやだというのを無理強いなさって、先夫タンタロスを殺したばかりか、生まれたての嬰児を私の胸からもぎ取り、地面に敲きつけておしまいでした。ゼウスの息子の私の兄弟二人が、騎馬の姿もきらきらしく攻めかけてまいったのを、老父テュンダレオスが、嘆願するあなたを庇護し、私をあなたの妻にしたのでした。そこで私もあなたと仲直りして、それ以来はご存じどおりに、些かの難癖もつけようもない家妻のつとめを果たしてまいりました

 どこまでが通説(他文献と一致していて)どこまでがエウリーピデースのオリジナルかまでは知らない。ともかく、クリュタイムネーストラーはまず先の夫(タンタロス)をアガメムノーンに「殺されて」いる。

 このタンタロスというのは、一番上で紹介したゼウスの友達のタンタロスではもちろんなく、テュエステースが、アトレウスの妻を寝取って産ませた子である。説によっては、切り刻まれて父親に食われたともされているらしいが、エウリピデースはクリュタイムネーストラーの初婚相手にした。ということは、タンタロスはアイギストスの兄(であり伯父)である。タンタロスはまた、アガメムノーンのいとこということになる。つまりクリュタイムネーストラーの結婚相手三人はいとこ同士となる。

 彼女は、最初の夫(タンタロス)が死んだ後に、二回目には、最初の夫を殺した、最初の夫のいとこ(アガメムノーン)と結婚し、三回目には、二番目の夫を殺した、二番目の夫のいとこであり最初の夫の弟(アイギストス)と結婚したのだ。ややこしい。

 これだけでもアガメムノーンを恨む理由にはなる。(しかしアガメムノーンからすれば、父の仇のテュエステースの子、しかも母を寝取って産ませた子ならば殺して何が悪いかと思っているだろう。ああ、ということは、タンタロスとアガメムノーンはいとこどろか、異父兄弟なのである

 その上に、イーピゲネイアについての恨みが加わる。イーピゲネイアはアガメムノーンとクリュタイムネーストラーの娘である。(説によっては父をタンタロスとするが、アイスキュロスはアガメムノーンの子としている)

 トロイア遠征出発前、総大将アガメムノーンの傲慢によってアルテミスの怒りを買い、逆風ふきやまず出航できない折、預言者カルカースは「娘イーピゲネイアを生贄」にするよう神託をさずけた。アガメムノーンは、妻と娘に、アキレウスとの縁談があると偽って呼び寄せ、娘を贄にして殺したのである。

 

 そして『オレステイア』三部作がはじまるのは、十年にわたるトロイア戦争終結後、総大将アガメムノーン帰還の時からである。

 この罪と呪いと復讐の錯綜した連鎖の果てに、悲劇ははじまりの合図として炎を燃やす。とにかくまとめるつもりが全くまとまらなかったのだし、そろそろ、われわれも、まるで悪魔が身をやつしたような物見の男に出番をゆずるとしようよ。