人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

木村太郎は、昔から木村太郎だった

 アメリカ大統領選の予想を的中させて、木村太郎が株をあげている。

 大穴だ。2分の1の確率だが、トランプ勝利を予想した予想家はほとんどいなかったのだから、倍率はかなり開いていた。一人勝ちである。

 木村太郎氏は、予備選の段階から独自の取材と分析にくわえて、「ジャーナリストとしての勘」でもって「トランプの強さ」を主張していたというから、単なる逆張りとは違うのである。しかも、ヒラリーの腐敗を指摘し、その腐敗したヒラリーを支持してトランプを激しく攻撃したメディアをも批判しているのだから、腰が据わっていて痛快である。

 そうは言っても「二つに一つなんだから、どっちか予想すれば50%の確率で当たるだろ」という人は残るんだろう。

 

 けれども私は個人的に以前から、ある程度、いや相当程度、メディアの中では木村太郎という人を信用している。木村太郎は昔からこのように木村太郎だった。

 

 はじめて木村太郎というジャーナリストに注目したのは、フジテレビのニュース番組で安藤優子とともにアンカーというか解説をつとめていたときだ。そのときは23時頃の番組だったと思う。

 ATM等に採用される個人認証の最新技術というニュースで「指紋認証」がとりあげられていた。VTRが終わって、安藤優子がこの技術、普及しますかね、と木村太郎に話を振ると、彼は即座に、普及しないと断言した。

 その理由は、ヨーロッパのある国で、指紋認証を採用したATMの前で強盗が起こり、被害者は犯人に指を切り落とされるという事件があったからだ、と即答した。

 事実、指紋認証は普及しなかった。今は生体認証といって、静脈だかを利用して個人認証するシステムがATMにのっかっている。血圧検査みたいなあれだ。あれ使ってる人どれだけいるのかな。とにかく血の流れで個人認証すれば、無理強いされることはあっても、腕を切り落とされることはない。網膜のスキャン(?)とかいう認証方法も同じだ。生体認証ならば、目玉をえぐりだされる心配はない。

 次は、夕方のニュースだったと思う。森元総理が、元じゃなかったころで、元じゃない森元が何か言うたびに、メディアは失言だ失言だ、ほれ失言だ、と騒いでいた。その時、森総理がたしかオーストリアの外相か何かとあって、オフレコで、北朝鮮による拉致被害者を救出するためには、メディアに箝口令を敷いて中国経由で返してもらうほかない、と言ったとして、その発言もさも失言だと言わんばかりに取り上げていた。

 またしても安藤優子が総理がまたおさわがせ発言ですよー、みたいに話を振ると、木村太郎は即座に否定した。当時、拉致被害者を取り戻すには、中国でたまたま発見された、という体でやるしかないと考えられていた。まさか北朝鮮が、自分達の犯行だと認めるというような、バカげたサプライズが起こるなんて誰にも思いつきもできなかったからだ。だから、木村太郎は、森発言がちっともおかしいことじゃないということを指摘しつつ、一国の総理と外相(たぶん外相)がオフレコで話したことをペラペラとメディアにしゃべるオーストリアの外相のほうが非常識だと喝破した。これもまた痛快だった。

 

 それで今回の大統領選である。

 安藤優子は、トランプ旋風が吹き荒れるアメリカ、というVTRを見て、え~なんで~、どうして~、わからない~、かなしい~、とか、どうでもいい主観的な情緒を垂れ流していた。分からないならば、現地に行って取材すればいいのである。それがジャーナリストというものであろう。制作費が足りない? 安藤優子ほどTVに出ずっぱりならば、アメリカへ行く取材費がないわけではないだろう。それくらい自費で行く金は公共の電波をつかって稼ぎまくっているはずである。たった一回のアメリカ取材で懐が痛むとは思われない。現地でカメラマンを雇うか、自分で小型カメラを回せば十分だ。分からないならば、直接にトランプを支持する人達にマイクを向け、そこに個人的に共感するかどうかは後回しにして、一度よりそってみて、まずは事実を知ろうとするのがジャーナリストではないのか。しかし、安藤優子が公共の電波に流したのは、おばさんがぶりっこする痛々しい図だけであった。こんなものを重用して、木村太郎に冷や飯を食わせているフジテレビが凋落するのは当然だ。

 

 木村太郎は違った。独自に取材し、独自に分析をし、自分の思うところを堂々と述べた。「トランプが勝つ」と。

 木村太郎は昔からこのように木村太郎だったのである。