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人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

三島由紀夫賞を取った蓮實重彦はなぜ不機嫌だったのか?

 蓮實重彦が三島由紀夫賞を取った。

(※これは朝日新聞の記事のブコメ欄)

 

 蓮實重彦は受賞会見で終始不機嫌だった。

 記者の質問のレベルの低さを指摘する声があるが(ブコメに限らずに。確かにそれは否定しようのない事実かも知れないが)、会見のしょっぱなから「ご心境という言葉は私の中には存在しておりません。ですからお答えできません」とぶちかましているから、受賞が決まった時点で(ということは候補になった時点で?)受賞会見では、仏頂面をとおすと決めていたのだろう。別に「ご心境」くらい語ってあげてもいいではないか。

 

 蓮實重彦は、この受賞が「はた迷惑」で「暴挙」であると言った。

 もっと若い人に与えられるべきものだと言った。順当ならばいしいしんじに与えられるべきだと思っていたと言った。しかし、そう思っていながら候補時点でハスミンは断っていない。彼が候補になることを断れば、おそらく山下澄人が受賞したはずである。山下澄人はハスミンよりもずっと「若い」。

 ハスミンが候補を受けた時点で、いくらなんでも自分が受賞することはないだろうと思い、自分なんかよりも若い人間にこういう賞(新鋭が対象の賞)は与えられるべきだと思っていたとしたら、なお一層候補の時点で断るのが自然だ。

 なぜなら、受賞が「はた迷惑」であるならば、その可能性を生じさせる候補になることも、「はた迷惑」でないわけがないからである。

 候補になった時点で、当然、こういう「暴挙」が行われる可能性は存在していた。蓮實重彦は自らの手で、この「暴挙」の可能性という芽をつみとる権利を有していた。けれども、それをハスミンは行使しなかった。

 

 記者達は、その点について二回聞いた。特に二回目に、そのことについて突っ込んだ記者は、あの雰囲気の中でよく再び聞いたと思う。(この会見であらわになった記者のレベルについては、記者を叩く人たちの理を認めるにしても)

 しかし、ハスミンは答えを差し控えさせてくれ、という旨答えただけだった。

 答えないというのだから、推測するほかない。

 

 蓮實重彦は、自分よりも若い人間に賞が与えられるべき、だと望んでいたとしても、自分が受賞することはないだろう、とは本当には思っていなかったのだろう。本気で自分が受賞するなんてことはない、と思っていればなおのこと、笑って候補を断るのが自然だからだ。もしくは、候補になった時点で、新潮社相手に怒ればいい。

 自分が受賞するという「暴挙」が本当に行われるかもしれない、どうも行われそうだと予測していたのだろう。そうして、その「暴挙」が行われたあかつきには、記者会見に言って、ふざけるな、と怒ってやろうと思っていたのだろう。

 しかし、いくらなんでも、文学賞の受賞の記者会見で、「文学(文壇)は終わってる」「ここにかかずらっているのはバカばかりだ」という風にはストレートには言えないから、そうしてそういう態度はスマートではないから、記者に自身の態度の矛盾を指摘されても、口つぐむしかなかった。察してくれというわけだ。(僕の推測が当たっているかどうかは確かめるすべはないが)

 

 だからこそ、これらはすべて茶番でしかない。終わっている。

 (前のエントリに書いたものをもう一回書かせてもらおう)

 

 どう考えてもこれは茶番である。

 しかも幕はおりることがない。

 なんなれば、すでにもうずいぶんと昔に幕はおりて、終わってしまったはずの芝居が、幕が破れたために、延々とくり返されているだけからである。よくみれば、舞台の上に破れた幕の残骸が見えるだろう。

 ハスミンは嫌々ながらも、このどうしようもない、ただ延々と続けられているだけの退屈な舞台にあがって、「くそったれ」と悪態をついてみせたわけだ。

 けれども、嫌々であろうが、悪態をつこうが、この舞台と芝居を否定しようが、とにもかくにも、ハスミンは、この芝居に参加し、この舞台に参加せざるをえなくなった。ハスミンがあんなにも、不機嫌だったのは、そういう理由も大いにあるのではないかと思う。

 

 したがって、ハスミンも含めて、これら一切は茶番である。

 蓮實重彦が世間で通じている評判通りの、ひとかどの人物ならば、「ハスミンサイコー」とよろこんでいる外野をもまた軽蔑していてしかるべきだろう。

 が、それすらもどうでもいい。すべては、もうすでに終わっているのだから。

 ただ、われわれは自分が生きている限り、終わっていてもなかなかそのことに気づけない、実感できないだけである。ただ延々と、終わりの終わりを示す、しるし、だけが刻まれ続け、われわれに華麗にスルーされていくばかりだ。

 

 

 日本オワタ\(^o^)/ということで、終わりの終わりに関する、そのため当然われわれにとっては退屈な、僕が書いたKindle小説を宣伝して終わりにします。

日本忌<上下合巻版>

ドロテア<上下合巻版>: 公国の歴史とドロテア演劇のすべて

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