人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

『「互助会」を叩く古参』を叩く古参(らしき)人、の気持ちが分かったような気がした

 僕もはてなブロガー(笑)の端くれなので、まだ再開して一ヶ月たってもいない新参だけど(前のブログは二、三年前に一ヶ月ほどでやめた)、新参だからこそ中立めいた立場で書けることもあるだろし、はてなとはてブについて、意見のようなものを書いてみようと思う。

 

 今日、いやついっさき、はてブを見たら、ネタ記事に200userくらいのブクマがついていた。そのエントリ(記事)内容についてはひとまずおく。

 ブックマークのコメント(ブコメ)を見て分かったのだが、ブログ主(って言い方でいいのかな)非常に古くから、はてなで書いていて、非常に人気があったけど、今はたまーにしか更新してないらしい。それで、久しぶりの更新だったから、ネタ記事にたくさんすごい勢いでブクマがついたわけだ。

 で、何が引っかかったかっていうと、そこには、ゆるやかな内輪感というか、互助会と叩かれているブコメ欄のように濃密ではないが、もう少し広い閉塞した感じ、つまりは内輪ノリを感じたことと、互助会にむかって『これがブログだ』と書かれたコメントがあって、それがそれなりにスターを集めていたからだった。

 

 一応、前提として、僕はまだ今のところは「互助会」というものに属していない(それどころか、健全な、はてな内の交流すら満足にできていない)ということと、同じ新規でありながら、まあどう見ても規約に触れるような形でブクマのやり取りをしている彼等のことを、苦々しく、目障りに、イライラしながら、はてブのページを見に行くたびに思っていた、ということは書いておきたい。(それは僕のブクマのコメントを見れば分かるが、まあわざわざ見に行くような価値はない)

 

 で、僕は思うところあって、こういうコメントをブクマで残した。

「これがブログだ」ってコメがあるけど、これがブログで、これがはてブコメで、このゆるやかな内輪感が古き良きあるべき姿の「はてな」なんだとしたら、互助会って揶揄されてる人たちは、一層開き直ると思うけどねえ

 「何言ってんの?」と思うかも知れないが、どうしてこういう風に思ったかというと、僕にとっては、正直該当のブログ記事がさほど面白くなかったからだ。

 なんというか、昔なつかしい、それこそ今は亡き故人(じゃない)個人HP(笑)のテキストネタサイトという感じの文章で、それをまあ2016年になった今でも、たまーに思い返したようにやってる人がいて、それをこれだけの人が面白がっているんだなという、一人タイムリープ感。

 「さほど面白くなかった」とけっこう思い切ったことを書いたが、それは僕にはあまり分からなかったというだけで、別に笑いが分かってるぞ、とか、自分がネタ記事を書けばもっと面白いのに、とか思っているわけではない。僕には分からなかったというだけだ。

 その分からなさ、なんかついていけない感じ、というのが、上に書いた「ゆるやかな内輪感」にあると思う。あのブログエントリは、ある文脈を共有する人たちに向かって書かれている。といって大げさなら、ある文脈を共有する人たちが最も楽しめるように書かれているので、そうでない人には、いまいちのれないこともあるんじゃないか。僕のように。

 新しく、はてなにひょこっと現れた僕のような、もしくはすでにある程度名を売ってPVを荒稼ぎし、互助会という汚名を背負って叩かれている彼等には、分かりづらくはあるのだと思う。

 

 その上に、ブコメの質だ。「○○さん更新きた!」「○○さん最高です!」「天才だ」だいたいこんな感じなんだけど。互助会コメントみたいにバカにされてるのと、あんま変わんなくねえかな。これ。少なくとも、よく事情を飲み込んでいない、僕みたいな新規の人間が一目見ただけじゃ、同じようなもんに見える。

 「これでごはん食べれます」みたいなコメントもあるけど、これって「牛すじ食べたい!」と同レベルだよ。

 ただ、ぜんぜん別のブログのブコメ欄で「互助会問題」について触れていた「私見だって言ったら、ブコメなんて全部私見だろ」というコメントを思い返してみるに、ブコメなんて結局このレベルなわけだ。(僕のブコメも読み返したが、ひどいもんだ)

 ある人がさんざんネタにしている「だかしかしって駄菓子のアニメだったんですね」とかいうのも、いつも見ているお気に入りのブログが、自分の知らないアニメ(マンガだったかもごめん確認するのめんどくさい)について紹介していて、それで興味をもったから今度読んでみようと思って、有益な情報に対してブクマしてそう書いたんだ、とするならまあ擁護が成り立たないでもないような、気がしないでもない。

 

 

 お前は何が言いたいんだと、もしもここまで斜め読みでも読んでくれた人はいうだろうから、もう一回今度は別のところに書き込んだ自分のブコメを引用する。

運営側も全然問題視してないわけじゃないんだろうけど、いざ手をつけるとなって問題になるのは、規約違反行為と、問題の無い交流の線引きをしなきゃいけなくなるってことでしょうね。猥褻(犯罪)と芸術の境目的な。

 つまりやろうと思えば運営側だって、派手にやってる連中を排除することは可能だろうけど、それをやってしまうと、一回目に排除されたブログほど派手にはやっていなくとも、そこそこ派手にやっていたブログや、過去には派手に互助っていたブログをどうするかという問題がでてきてしまう。

 面白いか、面白くないか、有益か、有益じゃないか、つまりブックマークする価値があるか価値がないかということは、当然だが、相当程度個人の資質による以上、個人の自由にまかされる。文句言われたって知らないよ、というわけだ。

 

 少なくとも、彼等や僕が、古参のブログとそのファンの間に存在する、もしくは古参のブログ同志に存在する、あいまいでありながらも、すでに確固として築かれているように思われる内輪のノリに、これから入っていくのが難しそうなのは確かだ。

 だからこそ、互助会は濃密になり、先鋭化し、はげしく自分たちの内部でブクマをやり取りする。濃密さで、あいまいな広さと歴史を、一点突破してやろうというわけだ。

 彼等にとっては、「古き良きはてな」はただ古いだけで理解不能なものでしかない。

 彼等にとっては、自分たちが気に入ってブクマしているブログは、面白い、有益な、価値のあるブログなのである。

 古参が彼等を叩き、時に、ゆるやかで、美しい、健全な(?)交流を見せれば見せるほど、新規互助会員達は、みずからの結束をより堅固にしなければならないと考えるだろう。

 

 互助会はいつか排除されるかも知れない。しかし彼等はまた戻ってくるだろう。

 もちろん、中にはブログをやめる者もいれば、はてなとは別のブログで再起をはかる者もいるし、ぜんぜん別人になりすまして、今度はもう少し、目立たないように、かしこくゴジョ 交流しようとするかもしれない。

 そうであったとしても、またぜんぜん別の、けれども同じような彼等が、やってくる。「ブログは金になる」という神話が続く限り。

 

 

 どう考えてもこれは茶番である。

 しかも幕はおりることがない。

 なんなれば、すでにもうずいぶんと昔に幕はおりて、終わってしまったはずの芝居が、幕が破れたために、延々とくり返されているだけからである。よくみれば、舞台の上に破れた幕の残骸が見えるだろう。

 

(おしまい)

 もしも、最後まで読んでくれた人がいたら、だらだら長く書いて、まとまりもなく、正直申し訳ない。でもまあ、その程度の問題なんだろうとは思う。セルクマやめようと思ったが、せっかく、海に小石を投げようとしたんだがら、そのポーズくらいは最後まで取っておこうと思う。