人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

おすすめkindle無料本③幸田露伴「雁坂越」

 幸田露伴の短編といえば、まず「五重塔」を多くの人が思い浮かべるだろうとは思います。ただ、一応ブログでおすすめするコンセプトとして、なるだけ有名どころは避けようということではじめたのですから、「五重塔」については書きません。「一口剣」という短編も印象深いですが、青空文庫でテキスト化されていないので、今回おすすめするkindle本は、露伴の「雁坂越」にしようと思います。

  

雁坂越

雁坂越

 

 

  露伴は、職人物をたくさん書いた人で、「五重塔」も「一口剣」も職人が主人公ですが、「雁坂越」はそうではありません。書き出しはこのようにはじまります。

ここは甲州こうしゅう笛吹川ふえふきがわの上流、東山梨ひがしやまなし釜和原かまわばらという村で、戸数こすうもいくらも無いさみしいところである。

 

  小説の舞台は甲斐国、三方を山に囲まれて、ぽつぽつと集落が点在しているような場所です。川下にむかってずっと歩けば、甲斐国の都、甲府に行くことができます。川上の高く険しい山々をのぼりこえれば武蔵国ですが、昔は「雁坂越」といってたまには山を越した人もあるけれど、今ではその道はないといったほうがよい、と語り手は語ります。

 この釜和原という村へ、川上にある別の村から、「十三ばかり」の男の子がやってきます。ひどいボロを着て、素足で急ぎ足にやってくるその背中には、空の五合樽を背負っています。(叔母からいいつかって、酒を買うために一里の道をあるいてきたのです)この少年が、この短編小説の(男性)主人公(ヒーロー)です。名前を「源三」といいます。

 男の主人公(ヒーロー)がいるなら、相手役になるヒロインもいて当然です。源三が通りかかった道のそば、川のほうへ「なだれ」になった低地の桑畑で、仲間の少女達と一緒に桑の若葉をつんでいます。少女達はただ桑をつむだけでなく、作業歌を歌いつつ、仕事をしています。

 桑を摘め摘め、爪紅つまべにさした 花洛みやこ女郎衆じょろしゅも、桑を摘め。

と唱ったが、その声は実に前の声にも増して清いんだ声で、えず鳴る笛吹川の川瀬かわせの音をもしばしは人の耳からい払ってしまったほどであった。

  少女の名前はお浪といって、『源三と同年か一つも上であろうかという可愛らしい小娘』だと書かれています。二人は小学からの仲の良い幼なじみです。

 二人はお浪の家まで行くと、子供らしく中にあがってお茶をだそうということもせず、縁側に一人は腰をかけ、一人は背をもたせかけて、話をはじめます。

 源三は父母をなくして、叔母が嫁いだ家にやっかいになっていたのに、その叔母にも死に別れて、そのまま血のつながらない叔父と、叔父の家に後添いに来た女に世話になっているのですが、この継母のような関係にある新しい叔母が、源三をひどく虐めているのです。

 源三は虐待に耐えられなくなって、一度は甲府に出て一人で奉公をはじめようと夜中に家を飛び出すのですが、途中でたまたま、お浪の母に見つかって止められてしまったという過去があります。お浪の母は、源三の死んだ叔母と姉妹同様の親友で、その甥にあたり、しかも娘のお浪とも仲の良い源三に同情しているのです。

 その時は、甲府まで十里もある道のりを、食べ物も持たずに、子供の足でどうするのか、たとえ甲府についても、奉公には身元を保証してくる人間がいなくては、まともな商家では雇ってくれない、子供一人で見知らぬ土地で働いていては、自分たちのように訳を知った者がよくしてやるということもない、と言い聞かされて諦めたのでした。

 とはいえ、叔母の虐待は辛く、源三の心には、一人で奉公をして出世をしたいという気持ちがどうしても湧いてきます。お浪は、甲府へ行く道は知り合いが見張っているから、また馬鹿な考えを起こしてもだめだと、源三の考えをいさめようとしますが、源三が本気で甲府へ出ようとするなら、そういう知り合いの目をかいぐぐるのは難しいことではありません。

 ただ源三は心根の優しい少年なので、自分をおもってくれるお浪や、お浪の母親を出し抜いて、甲府へ奉公に行こうという気にはどうしてもなれないのでした。しかし、甲府へ出ないとすると、雁坂峠を越えて、東京を目指すしかありません。今ではその道はないといったほうがよい、と冒頭で触れられていた雁坂を越えて、です。

 

 これ以上、内容や筋を書いてしまうと読書の興を削いでしまうかもしれませんから、ここまでにとどめておきます。

 この小説では、源三とお浪の間にある、しかしあるとも言い切れないような、淡い淡い恋心が描かれています。それは一葉の「たけくらべ」あたりと比べても、もっと淡い描き方のような気がします。

 個人的に、心に強く残っているのは、この小説の最後にある、感傷的な一文……たしかに感傷的な文章ではありますが、小説から、感傷的なるものを、センチメンタルなものすべてを排除してしまうというのも、それはそれで野暮ではないかと思うのです。

 もしも、このブログを読んでいただいたあとに、(たとえkindleでなくても、紙の本でも、また青空文庫に直接行っても読めますから)「雁坂越」を読んだ人が、僕と同じように(もしくはまた別の感慨であっても)この一文が心に強く残るようであったなら、おすすめして良かったなと思える気がします。

 

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