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人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

おすすめkindle無料本②「ロマネスク」──太宰治の夢

 文章には、うまい、へた、があると言われます。うまいと一口にいっても様々で、理知的な文章とか、華麗な文章とか、簡潔な文章とか、軽妙な文章とか色々あるかとは思いますが、なんの修飾もつけずに、ただ「文章がうまい」という作家を一人選べといわれれば、私はまず太宰治という名前を思い浮かべます。太宰は、単に文章がうまい、というだけの作家ではなく、わが国の文学史上、もっともユーモアに富んだ作家のひとりでもありました。今回はその太宰の文章とユーモアを堪能できる小説をご紹介します。

 

 短編小説「ロマネスク」は、太宰治25歳の1934(昭和9)年12月、同人誌「青い花」創刊号に発表され、のち処女作品集「晩年」に収められました。

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 「ロマネスク」は三つの章に分かれていて、それぞれに主人公が登場します。

 一人目は、津軽の庄屋の息子、仙術太郎。

 二人目は、東海道三島の造り酒屋の息子、喧嘩次郎兵衛。

 三人目は、江戸深川の学者の息子、嘘の三郎。

 すべて江戸時代の話です。

 

あらすじ(のようなもの)

(なるだけ話の核心、つまりネタバレにはならないようにこころがけていますが、なにせ短編なものですから、内容をあまり知りたくない方は、解説(のようなもの)まで飛ばすなり、ななめ読むなりしてください。とはいえ、この小説の面白さは筋ではなく、実際の文章にあるかとは思うので、きっと大丈夫だと思うのですが)

 

 「仙術」太郎は、生まれてすぐ大きなあくびをし、乳をもらっても乳房が向こうから近づいてくるのを口開けてただ待っているだけだったというのですから、のんびり屋の、おっとりしすぎた感のある、はっきり言ってしまえば、怠け者です。いわば「三年寝太郎」式の系統にある主人公といってよいかと思います。

 その太郎が十歳のとき、村をすくいます。洪水が村をおそい、田畑がことごとくだめになってしまった折、彼が単身城下へ行き、殿様に直訴をしたのが成功したのです。村人は三年ほどは太郎をほめそやしますが、すぐに恩を忘れてしまいます。結局、太郎は「庄屋の阿呆様」というあだ名をちょうだいすることになるのです。

 「三年寝太郎」式のおとぎ話では、怠け者(と思われていた)の寝太郎が、あるとき立ち上がり、村をすくったり、大事業をなして成功し、めでたしめでたしとなりますが、「仙術太郎」という話では、村を救ったあとの怠け者が、そのあとどうなったかが書かれているのです。

 太郎は蔵にこもって父の蔵書を読みあさる生活を送ります。その中に仙術の本を見つけ、いちばん熱心に読みふけり、研究と修行の結果、ネズミとワシとヘビになることを覚えます。十六歳になった太郎は恋をします。おもう女性に惚れられるために、津軽一番のよい男になりたいと願うのですが……。

 

 「喧嘩」次郎兵衛は、商家の次男として生まれながら、商売を嫌います。毎日のように酒を飲み、近所からならず者と嫌われています。

 ある日、居酒屋で飲んでいると突然大雨が降り出します。そこへ自分の向かいに住む習字の師匠の娘が雨に濡れつつ通りかかりました。次郎兵衛は、外へ出ると娘に声をかけ、濡れるといけないから傘をお持ちなさい、すこしお待ちと言い置いて、居酒屋にもどり、番傘を一本借りてまた外へでると、娘の姿はありませんでした。居酒屋の中から「よう、よう、よう、よう」とからかう声が聞こえます。

 次郎兵衛はこのとき、『あああ。喧嘩の上手になりたいな』と思います。こういうばからしい目にあったら、理屈も何もなくて、からかう奴らを殴ってやりたい、殴ってやるべきだというわけです。

 その日から次郎兵衛は喧嘩の修行にはげみます。喧嘩は度胸であるから、度胸は酒で作る、とより一層酒を飲み始めます。喧嘩の前に気のきいたセリフを言おうと、苦心して練習します。こぶしの握りを研究し、道々の板塀、土塀、居酒屋の卓、松林の根株、水車の板と、殴って殴って、穴をあけ、ヒビを入れ、水車を使い物にならないように壊してしまいます。

 修行が終わった頃、次郎兵衛は強くなり、腕試しにと喧嘩をのぞみますが、あまりに強くなりすぎて、簡単には相手が見つからないのです。父親から火消しの頭領職を譲られた頃、生家の商売敵であると同時に、習字の師匠の娘を五人目の妾にむかえようと画策する男に相対し、絶好の喧嘩の機会を得たかに思われたのですが……

 

 「嘘の」三郎の父親はケチでした。子供だった三郎は、一銭のこづかいももらえないかわりに、柱や壁の釘を抜いて、屑屋に売って菓子を買っていました。屑屋から知恵をつけられ、父の蔵書を盗んでいると、見つかって折檻を受けますが、父は三発ほどなぐったのち、これ以上は腹が減るからという理由で、殴るのをやめたということです。とにかく、これが三郎の嘘のはじまりでした。

 三郎は、そのとしの夏にとなりの家のうるさい犬を殺します。そのとしの秋には、発作的に友達を橋の上から突き落とし、殺してしまいます。しかし、どちらも三郎が犯人だとは発覚しませんでした。この罪の意識が、三郎を苦しめ、苦しむことで、嘘の花がみごとに開いたというのです。

 二十歳になった三郎は、表向き内気な青年を装い、盆がくるたびに何一つ記憶のない亡き母についてのでまかせの思い出を語って近所の同情を買い占め、また父に教えをこうている書生が、親元へ送る手紙の代筆をしてやり、立派な書物を買うという嘘の理由で、遊ぶための金をせしめるようになります。

 また、三郎は戯作者となり「人間万事嘘は誠」というような洒落本を次々に書いて、いくつかは『思いのほかに売れ』るのでした。

 父の死を境にして、三郎は、生き方を改めようとしますが、それもなかなかにはうまくいきません。ある日、朝っぱらから居酒屋へ行って酒を飲もうとします。

 そこには、故郷にいられなくなった仙術太郎氏と、喧嘩次郎兵衛氏がすでに、朝酒を飲んでいたのです……。

ロマネスク

ロマネスク

 

 

解説(のようなもの)

  仙術太郎は、古い書物に耽溺し、名前のとおり仙術さえあやつるというのですから、非現実的で、現代というものに反逆しています。

 喧嘩次郎兵衛は、酒を飲み、喧嘩を夢見るというのですから、無頼派の典型のような男です。

 嘘の三郎は、嘘つきというところからして、反現実の、リアリズムの対極にある存在です。

 そうして三人ともに極めてアイロニカルな人物ともいえるでしょう。

 

 ロマネスクが発表されたのは、同人誌「青い花」と冒頭で書きましたが、この「青い花」という、何だか甘ったるいような感さえする名前は、直木賞作家の長部日出雄(おさべ ひでお)氏によると

「青い花」というのは少女趣味のようですが、じつはノヴァリースの代表作『ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲン』の主人公の夢のなかに現れるもので、ドイツ・ロマン派の夢の象徴ともなった言葉です。

 つまり『ロマネスク』は、津軽の民話の土壌に、海外からもたらされたドイツ・ロマン派の種子を移植して咲かせた青い花であったのではないか……とおもわれるのです。

 (NHK人間大学「太宰治への旅」テキスト(講師:長部日出雄)より

   (『 ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲン』の翻訳邦題は『青い花』)

ということなのだそうです。

 ここでいう津軽の民話の土壌というのが何をさしているのか、同テキストを参考に書き出してみましょう。

 津軽の民話には、「三人兄弟譚」とよばれる、それぞれ性格のちがう太郎、次郎、三郎、という兄弟のうち、たいていは茫洋としてつかみどころのない性格をした太郎が幸せになる、という民話類型があるのだそうです。しっかりものの末っ子が活躍する「三匹の子ぶた」とまるっきり反対になっているのは興味深いように思います。

 それから「狡猾譚」という類型に属する「嘘の五郎」という話は、いつも嘘ばかりついている五郎が、神様から大水がでるというお告げをうけ、みんなに逃げろとすすめるが、誰も信用しない。結局嘘つきの五郎だけが逃げて助かってしまう話ということです。これは、まるっきり「オオカミ少年」と同じですね。

 

 太宰治は、同人誌「青い花」の創刊にあたって、並々ならぬ決意があったようで、友人を同人に誘う手紙の中で、『歴史的な文学運動をしたい』『ぜひとも文学史にのこる運動をします』と書き綴っています。

 その理想の文学運動とは、つまり、仙術太郎や、喧嘩次郎兵衛や、嘘の三郎が代表するような、空想的な、アンチリアリズムの、反時代的な、無頼派の、戯作派の、当時主流だった自然主義文学にあきたらない、新しいロマン主義だったはずなのです。

 しかしながら、檀一雄、木山捷平、中原中也などの同人をそろえた「青い花」は、太宰と同人との仲違いによって、創刊号その一号のみで廃刊となってしまいます。「青い花」を舞台にして、新しい文学運動を起こすという太宰治の夢は、あっけなく崩れ去ってしまったのでした。

 かわりに同人誌「青い花」は、太宰治の傑作短編「ロマネスク」を掲載した雑誌という栄誉をになって、歴史に名を残すこととなったのです。

 

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