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人類は如何に神々として滅びるか

『自己が無視されることを無視するという彼等の英雄主義』

絶対安全神話とミサイル避難方法

 政府のHPに「ミサイル避難方法」が載ったそうです。

 正確には、内閣官房のホームページにある「国民保護ポータルサイト」に掲載された。内閣官房 国民保護ポータルサイトここにPDFで置いてある。「政府のHP」で検索かけてからたどりつくまでに数分を要してしまった。

 

 バカ発見機を覗いてみると、避難方法の掲載を揶揄したり、否定的にとらえている人間が「ミサイルを撃たれないように全力をつくせ」「外交に全力を尽くして絶対に阻止しろ」「100%撃ち落とせ」などとのたまっており、のけぞる。

 

 これだけ見ても「原発事故」の教訓なんてまったく活かされてないんだな、という気持ちになる。「絶対安全神話」を必要としたのは政府や電力会社といった「神」ではなくて、われわれ大衆という「信者」だったのだ。

 「神」もしくは「神話」は、大衆(「信者」)が望むことによって出現し、望むように形を変える。

 皮肉なのは(バカバカしいことこの上ないという意味であるが)上に書いたつぶやきを投稿した「絶対神話」の支持者たちのアカウントプロフィールに「反原発」の文字がやけに目立つことである。(バカ発見機上では、反原発と憲法九条とアベ死ね、あたりがセットになっているからだ)

 

 そうもちろん、100%の安全を保証せよと、ミサイル避難方法の掲載を否定する「信者」が信仰しているのは「憲法九条」という「神」であり「話し合い至上主義」という「神話」である。

 しかしまあ、キンショウオンに話が通じるかどうか、そのキンショウオンに有効な圧力をかけられる中国が、日本の話をまともに取り合う国かどうかということは、信者でなければすぐに分かりそうなものだ。

 「憲法九条」という「絶対神」では、残念ながらミサイルは防げない。

 金正恩が愚かにも核実験を強行すれば、トランプは北朝鮮を攻撃しなければならなくなるし、そのとき日本へミサイルが飛んでくるかどうかは「憲法九条」を中心とした「神話体系」とは関わりのない事情によって決定される。

 

 バカ発見機に残されたつぶやきには「いまだに竹槍でB29を撃墜するレベルかよ」というものもあるが(ちなみに竹槍でB29を撃墜はデマらしいので恥かきたくなければ言わないでおきましょう)そりゃ、そうだろ。

 スマホでミサイルが撃ち落とせるつもりにでもなっていたのか!?

 敗戦後、70数余年、われわれが、特に新聞テレビなどのメディアが自慢げに語っていたのは、「日本は戦後ずっと戦争とは無関係な平和国家として歩んできました」という神話だったわけで、いきなり戦闘に巻き込まれて何かできたらむしろおかしいし、「九条」を中心とした「平和神話」は、「戦争や軍備について考えないことが戦争を起こさないこと」という言霊信仰と結びついたものだから、当然われわれに軍事的な進歩などないのだ。

 ミサイル攻撃をしかけてくる敵から100%国民を守るためには、発射される前に基地を攻撃するしかないわけで、敵基地攻撃能力とやらを持たない日本にできるわけがない。

 

 当時、竹槍教練を熱心にやってたタイプこそ「神話」を必要とするんじゃなかろうかと個人的には思うがね。

 

 歴史はくりかえすのである。そして、二度目もとうの昔に終わっている。そのあとはずっとパロディがつづく。アイロニーだけが支配する世界である。

 

 

 追伸。「窓のない部屋なんてねえよ」って書き込みがあったけど、そいつんところには押し入れもないのだろうか。ほかに窓のない部屋がない人は押し入れに家族が入れるスペースを確保しておいたほうがいいかもしれませんね。僕も万々一の時にそなえて、ちょっとドラえもんと打ち合わせをしておこうと思います。

 

 再追伸。「田舎に地下なんてねえよ」って書き込みもあったけど、じゃあ「穴を掘れ」防空壕ブームが来るかもね。

 

 再々追伸。「北はバカではない」という言説がずっと行われてきて、それは「北朝鮮はわれわれの目から見ると、異様で非常識な国だが、非常にしたたかだから侮ってはいけない」という意味であり、確かにそれはその通りであった。しかし、現在において「100%の安全神話」の信者ではない人々は、「北がバカかもしれない」という可能性も考えておかなくてならないように思う。